江戸金貨の魅力 — 編集部が語る、なぜ大判・小判は今も人を惹きつけるのか
鋳造から400年を経て、江戸金貨が現代コレクターの「頂点」とされる理由を編集部の視点で読み解く

慶長6年(1601年)の鋳造開始から270年以上、江戸金貨は単なる通貨を超えて「権威の象徴」「美術工芸」「投資資産」という三つの顔を持ち続けてきた。なぜ大判・小判は今も世界中のコレクターを惹きつけるのか、編集部が史実と市場データから読み解く。
「国家の印章」としての江戸金貨 — 後藤家が支えた270年の権威
江戸金貨を理解する第一の鍵は、徳川幕府が金貨を「国家の権威そのもの」と位置づけた構造にある。慶長6年(1601年)、関ヶ原の翌年に徳川家康は後藤庄三郎光次を金座総元締に任命し、江戸・京都・駿府の三都に金座を設置した。後藤家はもともと京都の金細工師の名門で、室町幕府の御用を務めた由緒ある家系である。家康がこの一族に小判鋳造の独占権を与えた狙いは、武家政権ではなく「信用ある職人集団」に貨幣鋳造を委ねることで、貨幣そのものへの社会的信頼を確保することだった。