
一分銀 — 不平等条約が暴いた「金銀比価の罠」と幕末通貨危機
安政5年の開港が引き起こした組織的な金貨流出、そして万延改鋳による幕府の苦肉の策
対象貨幣: 一分銀
概要
一分銀は、江戸幕府が発行した長方形の銀貨で、額面は1分(4枚で金1両に相当)。文政10年(1827年)の最初の発行以来、幕末まで数億枚が鋳造された日常的な決済手段である。しかしこの銀貨が歴史の表舞台に躍り出るのは、安政5年(1858年)の安政五ヶ国条約締結と翌年の開港がきっかけであった。
問題は日本と国際社会の「金銀比価」の違いにあった。国内では金1両=銀4〜5枚分という交換比率が成立していたのに対し、国際市場では金1に対して銀15前後という比率が一般的だった。この差を利用した外国商人による組織的な金貨の買い占め・輸出が始まり、わずか数年の間に大量の金がごっそり日本から流出した。



