
寛永通宝 — 230年間、庶民の手に渡り続けた「日本最長寿の銭」
寛永13年(1636)に始まる江戸の銭貨統一から、明治まで使われ続けた穴銭の歴史
対象貨幣: 寛永通宝
概要
寛永通宝は寛永13年(1636年)、3代将軍徳川家光の命により鋳造が開始された円形の銅銭で、表面に「寛永通宝」の4文字と方形の穴を持つ、いわゆる「穴銭」の代表格である。その後230年以上にわたって日本各地で鋳造・流通し続け、鎌倉〜室町期の渡来銭に代わる日本独自の「国産小銭」として江戸時代の庶民経済を支えた。
発行枚数は数百億枚以上と推定され、単一の通貨種としては日本史上最大規模の量産品である。幕府直轄の銭座に加え、水戸藩をはじめとする諸藩の銭座でも鋳造が行われ、多様な書体・鋳造地のバリエーションが現代の収集対象となっている。
穴銭の概要において寛永通宝は最重要の銭種であり、後に登場する(当百銭)の額面基準となったほか、江戸の「三貨制度」(金・銀・銭)の銭部門を担う基幹通貨として機能した。



